どうもnabeです。
建築設計事務所、特にアトリエ建築設計事務所と呼ばれる設計事務所は
長時間労働、低賃金のブラックな体質
が多いと言われています。近年では若手の事務所を中心に色々改善されていると感じますが、それでも未だにあちこちから悲鳴が聞こえてきます。
今回は起業に関しての書籍「成功する人たちの起業術 はじめの一歩を踏み出そう」と自身の経験も踏まえた上でなぜ設計事務所はブラック化するのか書いていこうと思います。
※本記事での設計事務所というのはいわゆる個人(もしくは複数人)をトップに据えたアトリエ設計事務所を指します。日建設計などに代表される組織設計事務所については言及しません。まあ組織設計事務所もブラック多いらしいですが
※念のためお断りしておきますが、経営的な視点を意識されており、素晴らしい経営、運営をされている事務所も数多くあります。
経営についての知見が無い
まず初めに設計事務所の経営者に「経営」の知見がないことが多いという要因が挙げられます。
経営者なのに経営の知見が無いのおかしくない?と思うかもしれませんが、
それもそのはず、建築設計事務所を運営している人は
建築学科を卒業→建築設計事務所に勤務→建築設計事務所を開設
という流れが主流です。
この一連の流れで経営について学ぶことはありません。
例え優秀な設計者で素晴らしい建物を設計できても、
経営者として優れていることとは一切関係ありません。
経営どころかマネージメントを学ぶこともありません。
プロジェクトを回す中で仕事を振ったり、
学生時代に大きな模型を作るために10人くらいの後輩をこき使ったり、
”作業を振り分ける”という意味でのマネージメントくらいはやるのですが、
人を成長させる仕組みなどの、人材育成的な意味でのマネージメントを学ぶことはありません。
そんな中で生きてきた人が独立し、同じことを繰り返し、ブラックの再生産になっているのが実情です。
一方、アメリカを例にとると日本とは状況がだいぶ異なります。
私が働いていたアトリエ設計事務所のトップは元々アメリカの大学院で学んでおり、
アメリカでの勤務経験もアメリカでの建築士資格も取得していました。
彼から初めて聞いた時に驚いたのは、アメリカの大学では経営の授業があることです。
事務所の開設、運営の仕方、プロジェクト管理、資金計画、キャッシュフローなど
設計事務所を開き、維持していくことに必要なことを教えてくれるのです。
この時点で設計やデザインだけではいけない、という姿勢が伝わります。
貸借対照表や損益計算書などを大学生が読めると聞いた時は衝撃を受けました。
自分は投資を行っているので、そういったものを目にする機会がありました。
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そうでなかったらおそらく
「貸借対照表?損益計算書?なにそれおいしいの?」
状態だったと思います。
さらに、日本でいうところの建築士に値するアメリカの資格試験でも同様に経営についての試験があります。
要は建築設計=ビジネスとして捉えられている点にあります。
この辺りの認識が日本と大きく違う点にあると思います。
日本では良くも悪くも「ものづくり」主義であり、
「いいものを作ればきっと分かってくれる」
「いいものを作ればいつか報われる」
「分かる人にだけ分かればよい」
といった、作品ベースでの考え方が多く「作家性」に重きを置く傾向にあります。
当然差別化としての作家性は必要なのですがそれが先行してしまっているのが実状です。
そして「ものづくり」に注力しているために、
その他のことに手が回らない
そもそも手を回すマインドが無い
必要性も感じていない
という状況です。
起業マインドが無い
設計事務所を開設する場合「起業」や「事業を始める」という言い方はせず、
「独立」という言葉を使うことが多いです。
この辺りからも分かるように、建築設計を「事業」という意識で捉えるよりも、
自分の力で作品を作る、作れるようになる、というマインドがあることが伺えます。
自分のセンスや実力で仕事を取り、好きに仕事をする
とても素晴らしいと思います。
しかし、そこで働くスタッフはトップの自己実現のコマにしかならず、
疲弊し、満足に休みもせず、リフレッシュできるほどの時間も手段に費やすお金もなく、しまいにはあれだけ好きだった建築の仕事を辞めたり鬱になってしまった人を多く知っています。
これも起業(事業をおこす)というマインドではなく、
今までやっていたことを、独立という形をとって行うだけであり、
雇用されているかされていないか
ボスがいるのか、自分がボスなのか
設計の主導権を握れるかどうか
という違いはあれども、結局はやっていることは同じです。
このあたりの意識を改革しないことにはブラック再生産の悪循環は切れないんだろうな、と思います。
ちなみに私は起業はしていませんので「何もしらない、やったことが無いやつが偉そうに言うな!」と思われる方がいらっしゃるかと思いますが、それはその通りなので何も言い返しません。
起業で成功するために必要なマインド
さてここで参考になるのが、
「成功する人たちの起業術 はじめの一歩を踏み出そう」
という書籍です。
この書籍を読むと設計事務所がブラックする原因がとても分かります。
事業に必要な3つの人格
この本では起業に必要な3人格というものを定義しています。
①起業家
②マネージャー
③職人
起業家は変化を好む理想主義者で、革新者であり可能性への挑戦心がある
空想の中に生きており、現実に弱くきっちり「管理」することが苦手で周りの人と一緒に仕事ができないマネージャーは現実的で管理が得意な実務者。整理や分類が得意で几帳面な性格
起業家とはぶつかり合いやすい職人は手を動かすことが好きな人間。手を動かし、物を作り、結果として目的が達成されれば満足
3つの分類でいうと、設計事務所の経営者の多くは職人に当てはまるでしょう。
そして実際にスモールビジネス経営者に多いのは職人タイプで、70%を占めます。
しかし、職人が主導権を持つべきではないと本書は提言しています。
どういうことか。
それは、職人という存在は自分でできることが分かっており、手を動かせてしまうがゆえに、
すぐに仕事にとりかかってしまうのです、
職人タイプの人は他の人が経営する会社で働くべきで、自分で会社を立ち上げるべきではないとまで言います。
独立した人はだいたいが自分一人の力でやりたいから、自分の好きな設計をしたいから、という理由で独立すると思いますが、
もし雇われている中で裁量権があり、好きな設計ができたら独立するでしょうか?
独立が手段である以上、職人タイプの人は経営や事業の目的は二の次であり、
自分で手を動かして物を作ることに喜びを感じているのではないでしょうか。
そしてそういう人がトップにいる以上、経営や事業の観点はおろそかにされ、
職人気質のものづくりに付き合わされ、時間も体力も金銭も搾取されていくという構図につながるのではないでしょうか。
自分の目的のための起業になっていないか
職人タイプは、自分がいなくなったら会社が成り立たないような経営をしています。
しかし、人がいなくなって回らないということは、結局自分の能力や時間を商品として切り売りしているだけでおり、時給で働いているようなものです。
建築設計という仕事はオンリーワンであり、自分にしかできないもの、ユニークなものを作りたいという気持ちはとても分かります。
しかし個人に依存した商品というのは拡大の余地が無く、自分で徹夜をしたり、スタッフに休みなく低賃金でできるだけ働かせてリソースを搾取することでしか捻出できず、限界以上の価値は出ません。価値が上がらない以上、分配もできるはずもなく、ブラックな状況は変わりません。
この本の中でとても印象的だった言葉があります。
経営者「もし私が自分で事業を立ち上げても職人の仕事だけをしたければどうなるの?その他のことはしたくないとしたら」
アドバイザー「それなら起業なんかすぐにやめてしまうことだね。〈中略〉結局のところ君が事業を立ち上げた目的がこれまでと同じ仕事をしながらもっとお金を稼いで自由時間を増やしたいということなら、それは単にわがままで欲張りなだけじゃないのかな?」
独立した設計者の多くは同じなのかなと思っています。
自分のしたい仕事を自分でとってきて、自分のしたいように設計する
という目的なのではないでしょうか?
こういう視点で経営をする内は、健全な運営は難しいと本書では言っています。
事業規模の手ごろなサイズ
職人タイプにとっての事業規模の手ごろなサイズ=事業をうまくコントロールできる範囲と言えます。
設計事務所でいえば、何枚図面を書けるか、どのくらいの労力でCGや模型を作れるかと、いったところでしょう。
プロジェクトが増えて事業が拡大していくと手ごろなサイズを超えていき、事業をうまくコントロールできる範疇も超えていきます。そこでできることは質を落とすか量を増やすしかありません。質は当然落とせないので多くの設計事務所経営者は量を増やします。
長時間労働ですね。数少ないスタッフやリソースを無理強いをさせながらなんとか凌いでいる、という構図です。
ではマネージャータイプにとっての事業規模の手ごろなサイズはどうか。
それはそのほか他のマネージャーや職人タイプの人間をどの程度管理できるか、ということにつきます。
そして起業家タイプにとっては、夢の実現に向けてマネージャーを何人働かせられるか、にかかっています。
つまり、事業規模に合わせて適切なタイプに切り替えていかなければ成立しないということです。
しかし多くの職人タイプはそのような時に自分のできること、得意なことで解決しようとさらにがむしゃらに手を動かします。
こうしてまたもやブラックな状況を引き起こしてしまいます。
職人タイプの持つ専門的な能力というのは何かを実現するスキルを持ち得る一方、
その能力の範囲を超えた場合でも、変にスキルがあるためそれでどうにかしようとする節があります。
スキルが必要であると同時に、スキルをどう利用していくか考えるスキル
というものを引いた視点で考えることが必要なのでしょう。
長期ビジョンがあるか
独立した当初、事業計画書を作成した人はどの程度いるのでしょうか?
この点は私は具体的な話を聞いたことが無いため分からないのですし、設計事務所のブラック化とは少し別な話ですが言及しておきます。
本書ではIBMが挙げた3つの理念を紹介しています
①事業立ち上げ時から明確な会社の将来像がある
②そのような会社ならどんな行動をすべきかを自身に問う
③立ち上げ時から優良企業の経営者同様の厳しい基準をもって経営をした
将来像に向かって進んでいく中で実現してゆく、という考え方です。
しかし多くの設計事務所はそこまで具体的なことをしている人は多くないのではないでしょうか。
「良い空間を作りたい」「まちを発展させたい」のようなものは数多く見ますが、
それをさらに逆算して、具体の運営までまで落とし込んでいる人がいたら教えて欲しいです。
起業家の視点を持つ
職人と起業家は見ているもの、見るべきものが異なります。
起業家→事業が成功するにはどうしたらよいか
職人→何の仕事をするべきか
起業家の視点は”事業はさまざまな部品が組み合わされたネットワーク”と考え、
職人は”部品をどう作るか”考えています。
本来の事業というものは作られた部品同士が集まり自律的に収益を上げていくよう組織化されたものなのです。
職人の視点は自分にできることを決めたうえで、売り方を考えているだけに過ぎないのです。
事業=自分とは切り離された独立した存在
自分と切り離されたら独立した意味が無い!と思われる人が多いかもしれません。
しかし、自己実現のためではなく事業を考えるのであれば、本来は自分がいなくても回る仕組みを作る必要があります。
何を達成するかの目的があれば、おのずと経営の理念が決まります。
理念があれば設計事務所にありがちなトップの一声で全てが変わって0からやり直し、という悪夢も少しは減るでしょう。
なぜなら明確な理念に基づいていれば、判断は大きくブレるはずがないからです。
そうすれば無駄なやり直しによる長時間労働も是正されることでしょう。
(と言いつつ実際の設計やデザインに落とし込むのは、毎回要望や条件が異なるのでなかなか難しいのは百も承知ですが。。。)
起業家的な面でいうと、建築家の谷尻誠さんは自身を起業家と言っている通り、
専門的な職人タイプの知見を持ちながらそれを部品と捉え、どう組み合わせるかを考え、
社員食堂やtectureや絶景不動産など次々と事業を立ち上げており、見本のような存在だと思います。
まとめ
今回は書籍と自身の経験をもとに、建築設計事務所のブラック化について学びました。
どうしても手を動かしたい、自分でやりたいという人種が多く、
経営や事業という視点で物事を見れる人が少ないのが実状ですが(自分もそう)
そうは言っても、
「ものづくりやクリエイティブな仕事はそういうものではないんだ!」
「自己表現をしたいんだ!自分で手を動かしてやることに意味がある!」
といった声もいっぱいあると思いますし、それもある側面で正しいと思います。
しかし、それが常態化している現状を変えないといけないのも事実です。
もしやりたいなら、他人からのリソース搾取をせずに自分のできる範囲でやっていただきたいと切に願います。
そしてブラック化が是正されて、建築の道に進んで後悔する人が1人でも減ると良いなーと思います。