どうもnabeです。今回は建築設計の道にいる人や志す人が考えることも多い、建築設計の道で独立し食べていくことをためらう理由について書いていきます。これは私自身が自身の経験と今後のキャリアや業界のことを考えた結果、たどり着いた1つの結論です。当然、建築設計を志すこと自体を否定するものではありませんし、建築設計で独立していこう!という人、すでに独立している人を貶める意図もありません。むしろ尊敬に値すると思っています。その点はご留意いただければ幸いです。
建築業界の地位向上と社会への還元を最大化させる
そもそも根底にあるのは、建築設計者や業界全体の地位向上と社会へ還元できる物量を最大化させることです。自分で言うのもなんですが、建築の設計の道に来ている人は人一倍仕事に情熱を傾けており、建築やデザインのことが好きで、本気で社会やそこで暮らす人々が豊かになれることを心身を捧げて取り組んでいる人が数多くいます。
であれば、しかるべき待遇や労働条件が整備されているか。というとそうではなく、一部の大企業や大手設計事務所は平均よりも多い給与をもらうことができますが、その枠に入れるのは本当に一握りのひとたちで多くの人は薄給激務の中で日々仕事をしているのが現状だと思います。
それを踏まえて重要なことは業界全体の稼げていない構造を変革させる必要があり、そのためには地位向上を目指すことが1つの手段になります。また、地位向上をするためには建築設計にできる価値をさらに生んでいく必要があると考えます。この2点に着目して、なぜ建築設計の道で独立し食べていくことをためらうかを考察してゆきたいと思います。
※ちなみに今回言っている地位向上は分かりやすく言い換えると給与や設計料のことを指します。お金だけが地位向上じゃないだろ、という意見もありますが今回はお金にフォーカスしてみます。
設計事務所を大きくする難しさ
まず1つ目は設計事務所を大きくすることが難しい点にあります。
大きくする必要がそもそもあるの?ということはおいておきますが、独立する志の高い人たちは大きな仕事ややりがいのある仕事を自分の名前と腕一本でやりたいと思ってることでしょう。面白い仕事を受注して、自分の作品として後世の社会に残ることを目指す人は多いと思います。
しかし、独立してすぐにそのような仕事を受けれることはなかなか難しいのが現状です。どうしても実績や知名度に比例して仕事が来るのが現状であり、人口減少、少子高齢化、経済の先行きも不安定な中で独立する場合、初期の仕事といえば小さい店舗の設計や個人住宅のリノベーションなど比較的設計フィーが低いものにならざるをえません。企業という大きな後ろ盾がない場合、そうならざるを得ないのが通常です。
※再度お断りしますが、そういった設計フィーが低めの仕事だからダメとかつまらないとかやりがいが無い、という話ではありません。小規模でも魂のこもった素晴らしいプロジェクトは多々ありますし、挑戦されている設計者の方も数多くいるのは承知の上です。
実績が次の仕事を生み出すことが多いですが、住宅の実績がある人には基本的に住宅や近しい用途や規模のものが集中しがちです。建築設計と一口言っても用途が変われば素人同然の知識しかないというのが普通にあるのがこの業界の難しいところです。すると、独立すると基本的には小規模なプロジェクトを作り続けるということになります。小規模プロジェクトであればフィーもそこまで多くならず、スタッフもそこまで増えることはありません。たとえ利益率が良いとしても、収益の総量という意味で企業の生み出す利益には到底及ばないでしょう。
さらに、建築設計の仕事は常にコンスタントに同じ仕事があることは少なく、住宅などは建てたら今後二度と受注が来ないのが普通です。そうなると気軽にスタッフを雇ったりすることも憚られてしまいます。そうなると個人でできる範囲に留まらざるをえず、事務所が大きくなることはなかなか難しいと考えられます。
有名な本「日本の勝算(デービット・アトキンソン著)」で言及されているのですが、日本の生産性が低いところの1つに中小企業が多すぎる点を挙げています。もちろん中小企業だからこそできることも多々ありますし、この論についても否定的な批評もあることは事実ですが、こと建築設計においては1つの解決策かと考えています。世界に目を向けるとよく分かります。
こちらは世界の設計事務所の規模のランキングですが、日本は日建設計、日本設計、久米設計、佐藤総合計画、三菱地所設計しかないのにアメリカやイギリスなどはかなり多くの企業がランクインしています。また、日本で大規模な個人名の事務所と言えば隈研吾事務所ですが、ランクインはしておりません。それにもかかわらず、人口や土地の規模が小さいデンマークではBIGやC・F・Moller、Hening Larsen、オランダではMVRDV、UNStudioがランクインしています。
このことからも分かるように、日本の設計事務所が目指す1つの可能性として会社規模をスケールさせる、ということがあり得るかと思います。そうなると個人で独立するという考えとは全く反対の思想になる=独立をためらうというのがここでの結論になります。
サービス業と同様のビジネスモデル
次にビジネスモデルについてです。はじめに断っておきますが、最近は建築設計者でも多様なビジネスモデルを考えている方が多くなっており、この点は継続して増えていったらよいなーと思います。その点を踏まえて本題です。
建築設計の仕事は専門職であり、特殊な仕事だと思われがちですが事業の構造としてはサービス業です。ラーメン屋に行ってお金を払ったらラーメンが出てくるように、設計者にお金を払ったら建物が建ちます。お金を払ってくれる人がいないと、建物が建つことはありえません。多くの場合は自分がお金を出して自分の家を建てるケースがありますが、時間やお金もかかりますのでそう簡単にポンポン建てられるものでもありません。
また、よっぽどのことがない限りその辺の街中でラーメンを食べるのに2000円を出してくれる人はおらず、ある程度適正な金額にしないと誰も食べてくれないのと同様に、設計料を高くすると仕事を受注する難易度は上がります。いやいや、本当にいいものを作れば客はつく、というのも事実ですが、ラーメンに2000円出してくれる人が少ないのと同様にそのパイは減ってしまいますし、ラーメンと違って1度建てたらもう2度と建てないのが通常です。
都内の戸建てやマンションなどは値段が非常に高く、資産価値が落ちないので人気なため建築設計の金額も上がるかというとそうでもないですし、そこで出た利益は不動産屋や個人ののものになるので建築設計の仕事をしていて資産価値に寄与することはあれどその恩恵を自分が得られることはありません。このように、受注生産の構造を続けている以上は多少の付加価値の代償はあれど大幅に稼ぐことはできません。資本主義社会において資本を持たないものは稼げないのは仕方がないことなのです。そして資本を持つにはある程度の規模が必要なので個人で独立して行う場合にこの資本量というのがネックになります。これが2つ目の理由になります。
ただし、最近だと不動産も絡めた事業を行っているリノベーション会社やマイクロディベロッパーと呼ばれる自身が大家として設計を行う方や有名なところだと起業家を自称する谷尻誠さんなどいろいろ建築設計をベースに手広く仕掛けていっている例も増えているので、少しづつ構造が変化しているとは感じています。
稼ぎは業界に依存する
稼ぎは人の能力よりも環境に依存します。めちゃくちゃ仕事ができる能力の高い人が高収入になるとは限らず、高収入の業界にいるから高収入になるのです。
この本では、稼ぎは
・個人の能力
・業界の生産性
・人的資産
に依存するとされています。
能力が高くても稼げない業界にいると稼げないし、反対に大した能力も無くても生産性の高い業界にいればそれなりに稼げるということです。つまり、そもそも建設業界全体の稼ぎが少なければ当然我々の中でそれを分配しなければならないので、どんなに頑張っても報われないのです。したがって、個人の能力を上げることとと同時に、業界全体の生産性や稼ぎ、地位向上を目指さないといけないということが分かります。どんなに頑張って働いても設計料のパーセンテージが変わらない限り、業務量を増やすことでしか稼ぐことはできません。業務量を増やすと人を増やすか1人当たりの仕事量を増やすことしかできませんが、このご時世簡単に人を雇える体力があるところもそう億はありません。すると、結局は個人で激務をこなしていかなければならないのです。
生産性=量×時間という図式のため、大幅な収益改善は望めない業界構造となっています。業界構造を変えない限り、Jカーブと呼ばれる二次関数的なビジネスの成長は望めません。ビジネスが成長しないということはつまり、従来と同様の付加価値しか付けられていないということです。個人で独立した場合、量と時間が最小限になってしまうため、生産の総量はとても少なくなってしまう上に、ビジネスとしての大きな付加価値をつけることはとても難しいというのが3つ目の理由です。
他業界とのコラボレーションによる発展可能性
さてここまで見てきた内容を改善するための1つの試みとして、他業界とのコラボレーションというのが挙げられ、まさに自分が取り組んでいることでもあります。建築業界の外に転職をしてみて分かったことは、建築設計で培った能力というのを必要としている業界は非常に多いということです。よく考えると(よく考えなくてもですが。笑)ほとんどの人が建物や街の中に住んで、仕事をして、食事をして、遊んで日常生活を過ごしているので、100%に近い人がプライベートでも仕事でも何かしらの建物や空間に関わっていることになります。そう考えると建築の知識を持つ人の知識を生かす可能性というのは大いにあり得ると考えられます。しかし、残念ながら建築業界というのは専門的な業界のため一般の人からはよく分からない難しい業界というくらいの認識ですし、業界内では外を見ず内向きな議論がなされていることも少なくありません。したがって他業界に対して建築業界の良さや建築設計者の持つ大いなる可能性を知らせていくことが大事だと感じています。
また、そもそも建築設計者に必要な分析能力や提案能力、計画力や調整力やコミュニケーション能力というのは業界を超えても生かせるスキルなのは間違いありません。
しかし、実情は建築設計者は当然ですが建築業界におり、転職や独立をしても同じ業界にいるのが普通です。しかし、これまで述べてきたことを考慮すると建築設計者のスキルをもっともっと高付加価値がつくようなビジネスアイデアや仕組み作りに昇華することもこれから必要になっていくのではないかと考えています。IT技術やテクノロジーや人々の価値観が多様化していく昨今の中で従来の業界構造に捉われることなく、柔軟に建築設計者としてのバックグラウンドを生かしながらできることがあるのではないか。そのためには建築業界で私が独立して細々と(もちろん大成功をおさめる可能性もありますが)、自分のやりたい設計や作品作りを追い求めるよりも建築業界から飛び出すことで建築設計者の価値が見直され、新しい業界構造の可能性を見出すことの方がより社会への貢献度は高いと私は現時点で判断しています。
有名なキャリアの掛け算のお話です。まず1つの業界で1/100の人材になる。少し違う業界でまた1/100の人材になる。これで1/10000の人材になれる。そして3つ目の業界でも1/100の人材になると100万人に1人の稀有な存在になれる、という理論です。これを目指しているわけではないですが、多様でスピード感のある現在においてずっと同じ価値観で働くこと自体にも違和感がありますし、ずーっと同じことをやるよりも色んなことをやるのが好きな性格なのでこういった他業界での活躍によって間接的に建築業界の地位向上ができたらなーと思っています。
おわりに
今回は建築設計者なら考えたことがある人も多いであろう「独立」にフォーカスして書いてきました。
・事業のスケールの難しさ
・サービス業の業態
・業界の生産性の低さ
・他業界とのコラボの可能性
という4点を踏まえて、私は独立して個人で建築設計を行うよりも、他業界で建築設計者として腕を振るうことが業界と社会への貢献度が最大化できるのではないかと考えました。この考え方が本当に正しいのか正しくないのかは分かりませんが、ひとまず30代の信念として取り組んでいきたいと思います。
再三になりますが、これは独立を否定するものでも建築業界の中で活躍する人を否定するものでもありません。むしろそういう人がいないと業界そのものがダメになってしまうので。私はたまたま建築だけじゃなく色々なことに興味があり、そしてその機会を得たので、こういった活動を通して建築と真摯に向き合っている人たち(自分も含めて)の地位向上と社会への貢献度を高めて、業界の生産性を高めて人々により良い価値を提供し、日本のものづくりの力をより盤石なものにし、ひいては世界のトップに返り咲けるようになれたらな、と思います。